GUPPYの日々徒然

読めば何かの役に立つ、そんなblogを目指してみたり。

0からのスタート

はじめまして。管理者のGUPPYと申します。
どんなblogにするか(なるか?)さっぱり決まっていませんが、まあ、興味のあることを適当に綴ってみようかと思ってます。

さてお立ち会い。
先日僕は、ちょっとした雑談の流れから職場の仲間に数学&英語について教えることになりました。
聞けばそいつは生粋の数学音痴にして英語嫌い。できることなら数もアルファベットも見たくない、なんて奴。
中学時代までは天才で鳴らした(誇張アリ)僕ですが、高校以降は低空飛行、教免もなけりゃまともに勉強を教えたこともない。
さてどうしようかとしばし悩み、考え付いたのはこんなこと。
「難しいこと考えずに、まずは数字やアルファベットにでも親しんでもらおう!」
ということで、数学を構成する大事な要素、数字について、多角的に分析してみることにします。
あ、でも、いろんなことについての事実確認は一切行っていません。
「ここは違うよ」とか「何馬鹿言ってるんだ」とかあっても、あまり怒らないでくださいね(^^;

では、まずは初回ということで、全ての数字の中でもっとも特殊な数、「0」についていろいろ考えてみましょう。

・概念と歴史
0という数字からイメージするものに、どんなものがあるかといえば、まず第一に浮かんでくるのは「」だと思います。
この概念のせいで、数の発生(1世紀頃)からかなりの間、0という数が発見されなかったのではないかと思っています。なにせ、「ない」が「ある」ということに気づかなくては、0という数は存在し得ないのですから、。
0が発見されたのは9世紀のインドだといわれていますので、1〜9ができてから、実に800年もの間、0はなかったわけです。現に、ギリシャ数字には0をあらわすものがありませんし、漢数字にしたって怪しいものです。一、二、三……と漢数字を並べた後に、0を表す「零」と見比べてみましょう。すると、零はいかにも付け足しっぽい難しい漢字に見えてきませんか?
さて、我らが日本ですが、これまた永らく0を知らない文化でありました。そのわかりやすい例として、数え年が挙げられます。数え年とは、生まれた瞬間が1歳の誕生日、そして元旦ごとに歳を重ねていくという年齢の数え方です。つまり、12月31日に生まれた子は、生まれて1日で2歳になっちゃったりするわけです。そういえば、競走馬の年齢は数年前までこの数え方が使われていましたね。
現在の人類の文化的進歩は、この0の発見が大いに寄与しているといわれています。コンピュータの電算処理で使われる二進法などは、その最たるものかもしれません。

・数学的な0
まず、おことわりしておきます。
私GUPPYは、理数系人間ではありません。大学では社会学部でしたし、一般教養の数学なんかも取りませんでした。
何が言いたいかというと、「難しいこと、わかんないよ」と。
概念的なもの以上に粗が多いかと思いますが、どうか笑って見逃してやってください。

0を数学的に考えた場合、以下の4つが重要だと言えるでしょう。
「+でも−でもない、唯一の数」
「何かの数に0を足しても引いても元の数から変わらない」
「何かの数に0を掛けると、結果は全て0となる」
「何かの数を0で割ることはできない」

これはみんな非常に重要な要素なのですが、このあまりに強すぎる性格のせいで、算数・数学の試験問題に0を使うことは殆ど無いのではないかと思います。
たとえば、計算問題で
(315363460-472502)×0=
なんて問題があっても面白くないですもんね。
てことで、早々に結論。
0は、数学において非常に重要な数であるが、その特殊性故に(計算問題などには)いまいち有用ではない数である

ということで本稿はここまで。次回、「1について(仮称)」へと続きます。

テーマ:数学 - ジャンル:学問・文化・芸術